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壮士さんへお願い

 投稿者:日大OB  投稿日:2007年11月28日(水)03時15分34秒
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  荘士さん、ご明察です。

2004年現在の日大ガラス張りが校舎に嘆くくだりは、2004年当時の日大理工学部の学内の大方の意見でした。
すなわち、「趣味の悪い設計である」と・・・実際に学内で交わされていた議論です。

知的な階級闘争とおっしゃいますが、当時の日大闘争は「知的な階級闘争」ではありませんでした。
それは抑圧されていた学生の人権回復、他大学では当たり前だった学生の研究活動の自由=学生の研究活動の自由=自治権の奪還闘争だったのです。
これは本文をよく読んでいただければわかります。
今では信じられないことですが、当時の日大では、マルクスの資本論が研究禁止であったのです。
それにデモに行くとなぜか大学側の見張りに見つかって、退学になってしまうのです。
当時の私どもには不思議だったのですが、後で聞いた話によると大学側は政治デモに大学職員を動員してカメラと録音機で情報収集していたという事でした。
政治的主張など学内でしようものなら父兄呼び出しで、処分です。
事実、1958年以来おびただしい処分者が闇から闇に葬られていました。
いつの時代も処分者は大きな社会的な変動期の前に大量に出ていました。
1960年安保の2年前の1958年、日韓闘争の1965年直前、1970年安保改定の前年に起きたのが、有名な日大闘争でした。
1968年に学生が決起したのには理由があります。
つまり、その前年1967年に学生会が右翼体育会の集団によって暴力を受け、暴力被害者である学生会側が逆に大量の処分を受けたのです。
このように日本大学という大学は、大きな政治動乱の前に、学生つぶしの先制攻撃をするという特質を持っていたのです。
これは当「日大闘争by日大全共闘」ホームページの本文を熟読していただければよくわかります。

ご指摘のお気持ちはよくわかりますが、今と当時の状況はまったく違うのです。
今は何をするのも自由ですが、当時の日大学内では何か主張をすると黒服の右翼に囲まれて殴られるのです。

壮士さんには信じられないかもしれませんが、本当の事だったのですよ。
そこでお願いですが、あなたにはもう一度当HPの本文を読み返していただきたいのです。
よろしくお願いします。
その上でもう一度感想をこの掲示板に寄せてください。
 
 
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